意味ある存在(兵家連誌掲載)

    社会福祉法人 ヨハネ会   笠原  健

 

私は、地域移行推進員として、長期入院者の退院支援にかかわらしていただいたり、また兵庫県精神障害者相談員として、医療従事者の方々や当事者のご家族の方々などに、体験談等を含めた、私の想いを話す機会をいただいてます。

上記のような仕事以外に、私は、障碍者の芸術活動、表現活動を支援する場である片山工房にて内面を絵や詩などに表現している。そして、公に発表される機会もいただいています。

常にベースにある想いは、これらの機会を通じて、自らの病を公にし、少しでも世間の障碍者を見る視線がやわらいで、障碍者がこれまで以上に生きやすくなることを願って止まない。人一人がこういった想いで活動しても、世間なんて変わらないよという考えの方も多くいるとも思うのですが、人一人でも動かないと変わりっこない世間という捉え方もあるので、後者の考えで、「微力ながらも無力ではない」と、いただけた機会にはトライしています。

このように活発に動けている私ですが、ここまでくるのに、入退院を6度繰り返しています。

私は、病を持ち生活状況が一変してしまった時、神様を本当に恨んだものです。今までの自分の生き方を顧みても、悔いることなく、真っ直ぐすぎるほど一生懸命に走ってきていたから、奈落の底になぜ突き落とされないといけないの?と・・・、考えても考えても、どつぼにはまるばかりでした。また、過去の嫌な記憶を問い詰めるたびに、その時の感情が呼び戻され、心身のバランスを崩していました。生きている意味さえ問い、絶望視することも度々ありました。

でも、こんな中、「どんだけ過去を問うても、過去はもう変えられない、今の現実をいかに楽しみ、変えられるのは未来しかないということ」

「能動的に生きる=正しいという考えばかりが人生じゃない、生き急ぐことなく、雲のように受動的に流れて生きていくこともいいもんだよ」と、神様はこれから先、楽に生きる術(誤解はしてほしくないのですが・・・)を教えるために、病をもった生活状況におとしめしたのかと、私はふと考えを一変させた瞬間から、病が一気に回復したのを覚えています。

意味ないものはない、全ての出来事、全ての出逢いに感謝することが病を回復させ、絶望視してしまう世界も一変させられると想います。まだまだ変えられる、変われる、諦めないで、ぼちぼち生きて行きましょうよ、皆さん。